西川こんな人③/保育士→福祉業界に

こんにちは。
中高大生アスリートのカラダの育て直し専門家
矜恃ノススメ 西川菜緒子です。

西川が
「今なぜこんな仕事をしているか」
「どんな人なのか」
知ってもらおうという自分語りシリーズです(〃∇〃)

一つ一つの話がブログ以上に長すぎて恐縮ですが
我慢できる人だけ読んで下さいませ。

葉っぱ水の陣!覚悟で保育士試験に挑戦し
結果から言うと2年めで合格できました。

その間、本当に多くの人が私を助けてくれました。

1年めは次男が就園前だったため
土日開催だった大阪の講習会を受けることに。

オットと実家に交代で子どもを見てもらうよう
頼み込みました。

離婚への暗黒計画などと
つゆとも思わないオットは快く引き受けてくれました(^o^;)

勉強には肯定的な実家にも助けてもらいました。

長男が小学校に入学したので
昼間、次男がお昼寝している間に勉強。

子育て中あるあるの怒涛のような午後を過ごし
家族が寝てからまた勉強。

試験対策講習会は何もかも新鮮でした。

教科書とノートを持って講義を受ける久々感。

私より上の年代の方もちらほら居て
勇気づけられました。

そこで生まれて初めて気付いたこと。

「自分から知りたいと思う勉強はこんなにも面白い。

しかし…
面白いと思うのに全く覚えられません…(゚ー゚;)

学生時代は記憶力だけで
学業をしのいできたのですが
そのときと同じ勉強法が通用しない。

「勉強はしたいときには記憶力なし」

こんな文句を考えついたりしながら
若い時に学校に通うシステムがあるのは
人間の脳細胞に一番適してたからなんやなぁと
思い知りました。

それでも何が助かったって
男児を二人子育てしてきてる実体験

理解しやすい科目も多かったし
無理やり習わされたピアノが
30過ぎて役に立ち(素直に母にも感謝し)
世の中無駄なことはないと思えました。

(一番苦労したのが「社会福祉」という科目でしたが
結局この科目を勉強したことで
後に福祉業界で仕事をすることになるのです。)

1年めは社会福祉と実技科目を落としてしまい
受験勉強は2年めに突入しました。

次男は幼稚園に通うようになっていて
ここからは本当に色んな人が助けてくれました!

次男の幼稚園で知り合ったお母さん達が
「なおこさんのチャレンジ、全力で応援するから!
バスからそのまま預かって遊ばせとくよ~」
と言ってくれ

早帰りの日はお昼ご飯を食べさせてくれたり
ときには晩ご飯→お風呂まで!
「帰ったらよく寝るから(笑)勉強がんばって!」と
次男を帰してくれました。

また、お絵かき教室を開いていた近所の女性が
私の受験生活をどこかから聞きつけて
「うちに習いに来てみますか?」と格安で教えてくれました。

植物は実は葉っぱがポイントだったり

  

午や豚やキリンはヒール靴のような爪をかくのがポイント、
象の鼻とキバ、耳の位置関係…
足の爪のつぶつぶを上に描くと象の足になる、とか

     

コップや傘、長靴など日常道具も
どの線から描くかで出来上がりがまったく変わりました。

そして一番苦手にしていた音楽と実技。

音楽にも楽典という文法分野があり
黄色いバイエルで終わっていた私にはチンプンカンプン。

ソルフェージュもしたことがなく
音符を見て歌うとか全くできませんでした。

ところが
長男のプール教室で一緒だったお母さんがなんとまぁ、
かつては「試験採点する立場」のピアノ科の先生でした。

私がピアノの練習し過ぎで腕を傷めてたことから
受験する話を知って
「無料でいいから習いに来て!」と言ってくれました。

この人も本当に親身になってくれて
もちろん月謝は納めさせてもらいましたが
おかげで課題曲の演奏のコツ、
楽典の基礎もすっかり分かるようになりました。

(これを書きながら改めて思いましたが
あの時代の皆さん!本当にありがとうございました。
そして、その道のプロの知識や技はさすがでした。
‟やっぱり直に習いに行かないと身につかない”
という認識はこの時にできました。)

そして私の
暗黒計画の原動力だったオットも
休日は子ども2人を連れて出かけてくれ
平日は早々に2階に一緒に寝に行ってくれました。

そんなこんなで
色んな人に応援してもらったので
何としてもこの年に合格したいと必死になりました。

布団を敷いてしまうと本寝入りしてしまうので
地べたに寝て仮眠⇒身体が痛くて起きる⇒勉強、
なんて日々を送り…

本番では色々ありましたが
合格通知が来たときは本当にうれしかった…!!

そしてこの2年の間、
家事と育児と受験勉強で忙しすぎたのと
何も知らず協力してくれたオットが有難くて
暗黒計画は一時停止するのです(←なんじゃそらと突っ込みたいですね)。

翌年は役員やボランティア活動で忙しく
そうして次男が年長になってしばらくしたある朝
オットが言いました。

「せっかくあんなに頑張って取った資格、活かせへんの?
もったいないなぁ…」

たしかにそうやよね…
でも保育現場で働いたことないから
不安しかないんですけど!

と思っていたらほどなくして
自治体広報に「延長保育士・登録募集」の知らせが。

まずは経験を積むことからやんね…。

と腹をくくって登録し数ヶ月後に採用してもらい
午後4時30分~7時までのお勤めが始まりました。

(長時間、他人と過ごす子ども達は疲れていてこんな雰囲気ではなかったあせる

 

延長保育士は
朝からずっと保育園にいて更に夜になって
保護者が迎えに来るのを切なく待ちわびる
0~6歳の子ども達を担当します。

いやぁ~、大変だったけど子どもは本当に可愛かった。

ただ田舎町の公立保育園だったので
正職員・パート職員ともに先生方は地元の女性ばかり。

「保育現場には母性しかないぞ~」
などと考えながら勤務していました。

保育方針は正職員の先生が決められるので
私が理想としてた
「子どもの自主性・創造性を尊重して存分に遊ばせる」
保育は夢のまた夢でした。

細かく書くと悪口みたいになるので省きますが
「怪我させない」ことが保育の主体になってしまう現場では
立場上、決定権がないのもあって
だんだん苦しくなってきました。

う~ん…私の後の人生
選択肢が保育園しかないのは
しんどすぎる!

と思うように。

同じ頃、義父が社長職を引退したとたんに
認知症を患い始めていて
何でこの立派な人がこんなことに?
とまたまた図書館通いをしてこの方面を勉強し始めました。

そうして先述した「社会福祉」分野をもう少し勉強したいなとも思い
よっしゃ!と「ヘルパー2級」の資格を取りに行きました。

保育士試験のしんどさを思うと
講習と実習さえ出たら取得できる資格は
そんなに大変にも思わなくなっていました。

 

つづく
ここまで読んで下さって謝々…

奈良|大阪 パーソナルトレーニング
中高大生アスリートのカラダの育て直し専門トレーナー
矜恃ノススメ 西川菜緒子