西川こんな人⑥/師と出会う

こんにちは。
中高大生アスリートのカラダの育て直し専門家
スポーツ整体トレーナーの西川菜緒子です。

西川が
「今なぜこんな仕事をしているか」
「どんな人なのか」
知ってもらおうという自分語りシリーズです(〃∇〃)

どんどん長くなり恐縮ですが、よかったら読んでみて下さい。


 

リーフマラソンを楽しく完走したのに
シンスプリント(脛骨疲労性骨膜炎)を患った私は
スポーツ専門で有名な整形外科を受診しました。

自身がランナーでもある医師からは
「月に300㎞なんてエグい。走りすぎ…!」と言われました。

私は扁平足に近い足で、
アーチ(土踏まずのカーブ)が落ちて衝撃吸収できないのが
悪くする要因なので
インソールを作ることになりました。

実はそれまでにもオーダーメイドのインソール屋さんで
作ったことがあったのです。
怪我が多くて靴が問題ではないかと思って。

でもセットで買った靴との相性も悪くて、
ふくらはぎを傷め使わなくなっていました。

今回は期待しました。

「スポーツ整形の病院」で型を取って
「装具屋さんが仕上げるインソール」。

いやぁ、でも…!
やっぱり耐え切れない違和感ase

約ひと月試しましたが
足裏だけでなく、ふくらはぎから何から
無理にその形にされてる気持ち悪さがイヤでイヤで。

次の受診の際
医師におずおずとその旨訴えました。

他の医師なら「そのうち慣れる。我慢しなさい」と
言ったかもしれませんが、この医師は違いました。

「う~ん。そうかぁ。
実はうちの理学療法士(PT)に、
歩き方とかフォーム診れる人がいるから
その人に1回診てもらう?週に1回しか来ないけど。」

(この医師が「患者の言い分を聞く」人だったから
西川の今があると言えます!ありがたや!)

そのPTの先生が私が師と仰ぐことになる
N先生でした。

N先生は、飄々とした様子のゆったりした話し方で
人に余計な緊張感を一切抱かせない人でした。

私の違和感を理解してくれた上
何回か歩かせて
ランニングシューズの中敷きに
白いテープをちぎっては貼り→歩く→貼る→歩く…を繰り返し

その合間に怪我した部位でないお尻の横辺りや
背中、足の裏をちょいちょいちょーいと軽くタッチされました。

まぁその後の歩きやすいこと!!

それまでの先生は私の怪我した方の脚だけに
イタタタとなる施術をしてくれてましたが
N先生はそんなことは全くされず。

完成した特製の中敷きをもらって帰りながら
依然として残っていた脛の痛みが無くなっていることに気付き
何がどうなったんだろう?と
不思議で仕方ありませんでした。

そうして痛みが無くなったので
通院も終了させ次のマラソンシーズンがスタートしました。


 

この年は福祉作業所を退職して
ヒマ時間があったこともあり
本やDVDを見て
我流で体幹トレ等の筋トレに励んでいたところ
腰を痛め、家事にも支障をきたすほどに…

次男妊娠中の臨月に
ぎっくり腰になったこともありましたが
(ちなみに妊娠後、朝起きると腰が痛いのは普通のことでした)

このとき受診した整形では
先天的に第4・5腰椎が一部癒着してることも判明、
辷り(すべり)症になりかけてると診断されました。

この後、首も痛め
朝起きようと思うと痛くて頭が上がらないから起きられない…など
ボロボロになりながらリハビリと整骨院の牽引通いに
明け暮れました。

なおのことトレーナーになりたいと思うようになり
医療系の学校の資料を熟読、
意を決して

理学療法士の専門学校に行きたいんやけど…

とオットに相談しました。

暗黒計画時代から
私のすることに反対しなかったオットでしたが
このときはこう言いました。

「それはなんぼなんでもムチャな話やで。
いま○○は高校生、△△は中学生、
これからどんどん学校行かすのにお金かかる時期や。
何年通うの?夜?4年?年間いくらするん?」

 仰る通りです…汗汗汗

「どうしても行きたいなら
子どもらのメドがついてから考えてみ。」

 それやったら間に合えへんねん…
 私どんどん年とってしまう…
 若い子に交じって益々ついていけなくなる…

と思いましたが、オットの言うことは全くもってその通りで
ぐうの音も出ませんでした。

だって年間100万以上かかるもの!専門学校!汗

どっちにしても先立つものが必要…
ということは働かんとあかん!と焦り出した頃
ヘルパー資格を取ったときの講師から連絡がきました。

機能訓練(リハビリ)型のデイサービスが職員を探してるから
面接受けてみないか?と…

聞けば介護保険を利用して
運動しに来られる高齢者の方々のサポートをするのが
主な業務とのことでした。

ちょうどその頃、
認知症を10年患って寝たきりだった義理の父が亡くなりました。

一代で会社を作ったような義父が
なぜそんな風になったのか
そうならずに済む方法はあったのか
なんていうことを考えるようになっており
「介護予防」の現場に興味を惹かれました。

自分がトレーナー志望であることや
義父への想いを
志望動機として手紙に書いて応募すると
面接のその場ですぐに採用が決まりました。

そしてここで私の道を開いてくれる
新しい出会いが待ち受けていました。

まだつづく…
ここまで読んで下さって謝々

奈良|大阪 パーソナルトレーニング
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矜恃ノススメ 西川菜緒子